ジャズドラマーちぐさ~ジャズと私と生き方と・・・

ジャズドラマーちぐさの、大好きなジャズのことと生き方について書いてます。

まさか!一見合わなさそうな憂いある二人の天才から見えてきた究極の愛

ジャズという音楽のルーツを探っていくと
19世紀末くらいにアメリカ南部を中心に
西洋のクラシック音楽
アフリカン鼓動系リズムが融合し
即興的展開を持ち味に発展した。
そのアウトプットとしては
サックスやトランペット、ピアノなど西洋楽器が使用された。
間違っても、尺八、三味線、琴などではないということだ。

そこに日本の民謡が入る余地はないかのごとく
白人とアフリカ移民系黒人が創り出し広めたかのように言われる。

しかし、実はそんなコテコテの日本歌謡が
バリバリのジャズミュージシャンによって
見事に生まれ変わってる例があった。

kojo no tsuki-Thelonious Monk

初めてこのアルバムを手にした時
タイトルを一瞬見間違えたかと思った。
しかしいざ聴いてみたら
もろにあの荒城の月だ。
ジャズピアニストの奇才が
古き良き日本の民歌を弾きあげ
しかも本人のテイストもそのままで
原曲からそれほど離れずに作り上げる。

ジャズと日本民謡という、とんでもなくかけ離れた二つの要素を違和感なく混ぜ合わせてしまうなんて。
モンクの調子ハズレのヘンテコ旋律が
愁い溢れる滝廉太郎のフレーズが異常なマッチングを見せる。
二人の天才のコラボにしばらく聴き入った後に涙さえ出てしまった。

数ある日本歌謡の中から
なぜモンクは荒城の月を選んだのか?
それはたった一人のジャズ喫茶オーナーからの
粋な計らいだった。

ジャズ喫茶DUGマスター、中平穂積氏。

彼はモンクの大ファンで
気難し屋の彼の楽屋に訪れるほどの熱烈ぶり。
しまいにはモンク自身も少しずつ心を開き
ボソッボソッと一言二言話すようになった。
そんな中平氏、モンク2度目の来日時に
おお、これはピッタリだ!と
荒城の月のオルゴールサウンドが入った懐中時計をプレゼントした。
当時のモンクは懐中時計にハマっていた。

彼はそれをたいそう気に入り
その後のニューポートフェスで披露した。
モンク妻曰く
「貴方のために一曲演るってよ。」
平氏のその時の嬉しさと言ったら
言葉に言い表せないくらいだっただろう。

しかし、たった一人の天才男が
自分を愛する一人の男のために捧げた
究極のカバーソングであることは間違いない。
モンク自身は長い間、躁鬱病に苦しんだし
廉太郎もまた、病弱な体質で憂い多い生涯だったろう。

今、二人とも天国にいる。
天才奇才同士、仮に出会ったとしても
喧嘩ばかりしてるだろう。
しかし、そんな二人のキューピッドがこの世界にいて
今もたくさんのジャズを通して人に喜びと癒しを与えているのだ。
もしあの時懐中時計の存在を知らなかったら?
さて、どんなものだろう。

タイトルは二人としたが実際は三人だ。
モンク、廉太郎、穂積氏。
もっとも、穂積氏が憂い溢れてるかどうかは
そこはご本人にしか分からない。
しかし、どんな泣けるバラードだって、これには敵わない!
愛は必ずしも、異性だけに向けられるとは限らない。