ジャズドラマーちぐさ~ジャズと私と生き方と・・・

ジャズドラマーちぐさの、大好きなジャズのことと生き方について書いてます。

ジャズ界のかっこいいデブは、誰からも愛される大食い先生

ジャズマンって往々にして曲者が多数派だ。
根暗なコルトレーン、神経質なビル・エヴァンス、こだわり過ぎのマイルス
そんな中でも、性格が明るい愛されキャラもいる。

キャノンボール・アダレイ(sax)
本名はジュリアン・エドウィン・アダレイ
キャノンボールのニックネームは
大食漢を意味するCannivalからきた説と
その恰幅のいい体型が大砲の弾(キャノンボール)に比喩された説がある。

1928年フロリダ州タンパ生まれ。
父親と弟が共にコルネット奏者という家庭で育ったが
ジャズのメインシティ、ニューヨークもロスも離れた土地にいたためか、27歳まで教職に就きながらバンド活動をするという
これまた当時のジャズマンには不釣り合いに地味な生活をしていた。

彼が爆発したのはニューヨークに移住してから。
当初の目標は、ニューヨーク州立大学で教職を極めることだった。
そんなある日、ニューオープンのジャズ喫茶カフェボヘミアンでのホレス・シルヴァーのステージにて。
サイドマン不在、さあ困った!
バンマスのベーシスト、オスカー・ペティフォードはそこにたまたまいたチャーリー・ラウズを呼ぶがサックスを持っていない。
そこにこれまた、たまたま居合わせたサックスを持ったアダレイ。

おい、ちょっとそのサックス貸せよ、コイツに吹かせるからよ!
それに対して、キャノンは
それはダメだ。なんなら俺が吹いてやるぜ。
ああん?何言ってるんだ、この生意気なデブチンが!
大人気ないペティフォードはこれでもかと言わんばかりに
高速バップ攻撃を仕掛けてきたが
それを華麗に受け止めながら豪快に吹きまくるキャノン。
…参りました!その時、カフェのみんながどよめいた。

キャノンの名はニューヨーク中に拡散し
翌年にはご意見番マイルスの目にも止まった。
マイルスは彼を気に入り自分の一味に加えた。

その時のマイルス軍団にはコルトレーンビル・エヴァンスなど、個性の強過ぎる曲者ばかりがいたが
アダレイは持ち前の明るさと優しさで2人とも仲良くやっていた。
マイルス軍団内での彼の役割は会計係。
貰ったギャラを計算し皆に配る。
当時の売れっ子ばかりいたグループだが、彼の人柄か、ギャラに関する揉め事は聞いていない。
コイツだったら何やってもOKだ
何でも許されてしまう得なキャラだ。
また、当時の彼の口癖が

You know what I mean?
そう、教師が生徒に言う「分かりましたか?」というセリフだ。
明るく真面目、まさにジャズマンの中ではマイノリティな性格だが
そんな癒し系が1人いたからこそ当時のマイルス軍団は平和だったのだろう。

マイルスグループを抜け、再び弟と共に活動を始める。
その頃から彼の持ち味であるファンキー路線が開花していく。


また、ボサノバの世界にも惹かれ、セルジオ・メンデスとも共同作品を残している。

トレードマークである体型が災いしてか
晩年は糖尿病を患い、46歳という若さにして脳梗塞で亡くなった。
弟思いの兄貴のその童顔と太めの体型は
今でも多くのファン、ミュージシャンに愛されている。

共に仕事をしたジョー・ザヴィネルが
ウェザーリポート結成時に発売されたアルバム。
この中に収録されているCannon Ballは
紛れも無く彼に捧げられた一曲だ。