ジャズドラマーちぐさ~ジャズと私と生き方と・・・

ジャズドラマーちぐさの、大好きなジャズのことと生き方について書いてます。

ライスワークの片手間にライフワークをやるのではなくて、どうせならどちらも真剣勝負でやっちゃおう


The Cannonball Adderley Quintet / Nat Adderley / Work Songワークには二つある。一つはライスワーク、もう一つはライフワーク


ライスワークとは食べていくための仕事。
一方、ライフワークとは好きでずっと続けていける一生ものの仕事や活動。
ライスとライフが一致している人も数多くいるが
両方をやっているパラレルな人も少なくない。
どちらを選ぶかはあなたの生活次第なので
別に前者、後者のどちらかが優れてるということはない。


私のようにまだ駆け出しであると
後者のパラレル型からスタートすることが圧倒的多数だが
既にライフワークがしっかりと確立され
多くの人から認められている人も出てきている。
それはまさに、ずっと続けてきた継続力のたまものでもあるが
このように成功している人に見られる共通点がある。


本業の片手間、老後のささやかな楽しみとして
やっているわけじゃない、と口を揃えて言う。
もちろん、片手間にやることや老後の楽しみが悪いなんてことはない。
ただそれだけ真剣な気持ちで
思い入れを持ってやっている気概があるということだ。
そんな彼らにさっきの言葉を投げかけようものなら
どんなに心の広い人でも一瞬怪訝な表情を浮かべる。


そういう人たちが周りにいるといい起爆剤になる。
自分だってやってやる。負けない。
彼らと競争しているのではなく、外ならぬ自分との闘いだ。
かつての私は気弱で流されやすくて
そして嫌われるのが怖くてビクビクしていた。
でも、チャレンジ精神をもって真剣に取り組んでいる人には
必ず味方や仲間がいて応援してくれるという原則を知ってからは
もう何も怖くなくなった。
周りからの白い目線だの陰口なんかだの
まったく見えても聞こえてもないし
見聞したところで何も刺さらない。


人生は一度しかない。死んだら何もできない。
どうせやるなら真剣勝負で挑んで悔いのないようにしたい。

友達がほしいなら絶対に心得ておくべきたった一つのこと


Branford Marsalis - Yes & Noやるかやらないか、そんな簡単な選択に迷う余地はない、と思わせる疾走感が勇ましい曲。


友達がほしい。仲間がほしい。
て、日々何となく思いながら過ごしてるそこのあなた!
そう思っているなら今すぐ何かにチャレンジすること。
特別な外見も才能も、ありあまるほどの金も必要ない。
逆にいくら抜群の美形と溢れる才能と一生食べていけるくらいの金があっても
何かにチャレンジする気持ちがなければ人は寄ってこない。


ありがたいことに私の周りには
何かにいつもチャレンジをしている友達や仲間ばかりいる。
30代で退職して新しい会社をゼロから立ち上げた人
40代で楽器を習い始め精力的にバンド活動を行っている仲間
50代で卓球スクールに通い始めいきいきと笑顔の絶えない友達
彼らも私たちとなんら変わりない一般社会で生きてる。
毎日真面目に仕事をして普通の生活をして、と
自分とそんなに変わらない。
なのになんで彼らは楽しそうでいつも笑っているのか。
やりたいことをやっているから
そしてそれを支える仲間や友達がたくさんいるから。


何かに挑戦することに年々ハードルの高さを思う。
でもそこを一歩踏み出す勇気
もしかしたら失敗するかもしれないけど
やりたいと思ったからやってみよう!
そういう真の強さがあるからこそ
魅力的に思えて結果同じような仲間に恵まれるのだ。
そういうふうに心をいつも動かしている人には
いちいち他人の批判や嫉妬をしている暇などない。
いつも誰かのことブーブー文句垂れてる人なんてのは
チャレンジ精神も勇気もなくて、ただ指くわえてるだけ。
だったらやってみな、とだけ言い捨ててスルーしとけばいい。


そのために必要なのが、あなたの好き、だ。
好きなことならチャレンジできる。
好きなことがない人間なんていないのだから
何か見つけてやればいいだけの話。
別に楽器じゃなくてもスポーツじゃなくてもいい。
ブログを書いたり、スポーツ観戦にでかけたりでもいい。
漠然と友達探しをしているのなんかよりも
はるかに時間、金銭面でも効率がいい。
それにただ何となくいるだけなんかよりも
一緒にいるだけでわくわくするような楽しい友達が見つかる。


友達探しの友活は、婚活や妊活よりも
ずっとずっと簡単だ。
ちょっとだけ心のエンジンを上げるだけなのだから。

たった一つしかないはずのものでも、存在が協力になれば複数になる


Robert Glasper - Blue Skiesこの曲のタイトルを見て一瞬「あれ?」と思った。


空を意味する単語Skyは本来なら数えられない名詞だ。
なので、複数形はないと勉強では教えられた。
なのに、このようにわざわざ複数形になっている。
試験に書こうものなら当然不正解をもらうから
受験生のみんなは絶対に書かない。


しかしこっちだって、だてに英語を頑張って勉強してきたわけではない。
どうしても知りたい!
だから半分意地になって調べたら
複数形で使っても間違っていない場合があるとのこと。
たんに一つ二つの数を言っているのではなく
意味を強めるという内容があるという。
つまり、ただ漠然とそこにある「空」ではなくて
「大空」
はてしなく広くて高くて無限の存在
なんだか神がかっているような、そんな意味合いだ。


そっか。そして今日も一つ賢くなったのである。

メルアドとSNSのアカウントの名前に、自分の名前を使うほうが得をする理由


I Call Your Name
元はビートルズの曲だが、こんなふうにラテンアレンジしたら全然テイストが違う。


よく見かけるのだが、メールアドレスが子供の名前とか
SNSのアカウントの名前がペットの名前の人っている。
それ自体は別にその人の自由だし
あえてその名前を使ってるという意図もあるだろうから
積極的に批判するつもりはない。


もちろん、自分の名前があまり好きではないという人もいる。
私も長い間、自分の名前が好きではなかったから気持ちはわかる。
でも、それってちょっともったいないと思う。
なぜかというと、あなたのことを覚えてもらえる確率が減るから。


名前は自分の顔、体、心と同じく自分の一部。
一生涯つきまとう。
メルアドが子供の名前の人はいつまでたっても○○ママのまま。
いくら名前を覚えてもらっても
ではあの人は何をしてる人?何が好きな人?
て聞かれたときに・・・となられてしまう。
一方、たとえ苗字にサン付けという
よそよそしい呼ばれ方をされてたとしても
積極的に自分の顔と名前を打ち出していたら
あの人は○○の人、○○が好きな人
と覚えてもらえる。
そうなると、誰かからあなたの好きなことについての情報をゲットしたり
運がよければそれにまつわる良いつながりを得られることもある。


顔をさらすのが抵抗はあっても
せめて名前だけはアピールしよう。
平凡な名前だからできないなんてことはない。
名前の後ろに好きなことの単語をくっつければ
○○が好きな誰々、て覚えてもらえるから。

名曲の歌詞に見る悲しくも憎めない構ってちゃんなつぶやき


Chet Baker - But Not For Meジャムセッションではド定番のこの曲。チェット・ベイカーのトランペットが哀愁漂ってるが、
歌詞の内容もこれまた、愛に敗れ人生にも負けた1人の男の呟き、赤提灯な心情を綴る。


この曲の歌詞を意訳してみたらこんな感じ。


仕事順調、結婚生活も安泰
ウハウハだったところにちょっと調子に乗り過ぎてしまった
彼女は愛想を尽かして逃げ出した
でも僕は未練タラタラ
そんなだから仕事もなんだかうまくいかない
そんな僕にみんなは
夢はいつか叶うなんて言うけどさ
何言ってんの?て感じ。
分かってるんだよ、そんなこと。
だからなんとか、頑張ってしまう。
頑張ったから、仕事はうまくいったぽい。
でも、なんだか虚しいんだよね。
みんなついてていいよね〜
でも、幸運の女神は
僕だけには微笑んでくれない
僕だけ例外、つまりBut not for me


…ということだそうで、では私から一言。
大丈夫。幸運の女神が微笑んでないのは
あなたにだけじゃないから。
隣の芝生が青く見えるだけで
案外その人だってそんなに幸せだと思ってないかもしれないし
もしかしたら、その人だって実は血の滲むような努力をしてるかもしれない。
どうせ自分だけ思考に陥りそうになったら
深呼吸してよーく考えてみよう。


これ、自分にも言って聞かせてるのかな?

万人受けよりも一人の満足のために集中するとうまくいく


Freddie Hubbard - Super Blue - 06 - Theme For Kareem
カリームはアラビア語圏での女性の名前。
トランペットの名手、フレディ・ハバード
カリームというたった一人の女性のために作った曲。
だからさぞかしベタベタのバラードかと思いきや
アップテンポがご機嫌なハードバップである。


今日はこの曲をずっと聴いてたのは
みんなにいい顔するよりも
あの人に、と集中して仕事そしたほうが
うまくいくことが多いと感じたからだ。


人間の集中力なんてたかが知れている。
他人の話を聞ける許容時間はせいぜい20分ほど。
たいして自分の言いたいことなら20分じゃ少ない。
自己表現の場プレゼンでは言いたいことを3分に収める。
超過したら強制終了
たったこれだけの時間に集約するための作業には
慣れないと実に何時間も要する。


それを仕事に置き換えてみてもそうだ。
相手目線に徹底しようとすると
プレゼンよりも慎重にならざるをえない。
その人は自分を見て信じてくれてるから。
プレッシャーもかかるし神経も使う。
そしてその時は自分自身は一旦どこかに置いて
全く違う相手という人間に置き換わること。
ただ話を聞く以上に集中力がいる。
とても20分などもたない。


一人が相手なだけでこんな状態だから
これが万人という複数になったら頭がパンクしてしまう。
事実上不可能な挑戦になる。
かりに限界突破したように見えても
不完全な人間のやることだから
そこで抜けがある、その抜けの穴の中から
あなたの血のにじむ努力に水を差す人間が登場する。
その人はあなたのやることが気に入らないらしく
いちいち批判したりするかもしれない。
また、せっかく一所懸命拡散したところで
興味すら持ってくれないということもある。


集中力は分散できない。
いい仕事をしたいなら目の前の相手に集中する。
たった一人のことを思ってやれば
何かと結果はついてくるものだ。
もしそれでダメだしされてもそれはそれ。
たまたま縁がなかっただけかもしれないし
また別の縁になるかもしれない。


このフレディがカリームに全力をささげたように。

嘘に優しいもへったくれもないとエイプリルフールに思う


Ella Fitzgerald - Jazz at Santa Monica Civic '72 - 08 - Little White Lies英語で言うところのホワイトライとは、優しい嘘という意味である。


嘘をついていい日だからこそ
嘘についてあえて考えてみた
ついてもいい嘘、ダメな嘘。
子供の頃、嘘つきは泥棒の始まりと教わったが
大人になると、時には相手のために嘘を言わなければならない。
正直過ぎるのは短所にもなりかねない。
特に空気を読み和を重んじる日本では。


今も書いたように
残念ながら日本で生きていくには
嘘をつく機会が多い。
たとえ自分の考えと違っていても
出る杭たたきに合わないように
思ってることとは違うことを言ってしまう。
後から辻褄を合わせるために
さらに嘘を重ねて自分の首を絞めつける。


そんなので本当にいいの?
そんなので本当にあなたは幸せなの?
人を困らせる嘘、騙す嘘
あたかも本当にありそうな嘘はもちろんダメな嘘だが
それプラス、自分の考えにも嘘をついてはいけない。
じゃあ、もし意見を求められたとき
空気を乱さず嘘もつかないようにするにはどうしたら?
その時は、とりあえずちょっと考える時間を下さいと言う。それでも急かされたら
急に言われてもうまく纏められないので
しばらく考えて纏まったら言う。
それでも、それでもギャーギャー言われたら
じゃあ今から私の言うことに、目くじら立てたり
揚げ足取ったりしないで下さいねと前置いて言う。
それでもヤンやうるさいようなら
もうそんな人達とは付き合わないに限る。


ホワイトライなんてものは存在しない。
嘘は全部ブラックだ。